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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)487号 判決 1960年3月09日

控訴人(被告) 畑中菊次 外一名

被控訴人(原告) 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人主張の請求原因は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。控訴人等は、答弁として、失業保険金受領に際し、控訴人等が被控訴人の主張するような返還の約束をしたことはない。なお控訴人等は、中央労働委員会のなした救済命令どおりに賃金相当額の支払を受けていないし、又原職に復帰させられてもいない。その余の被控訴人の主張事実は認めると述べた。(証拠省略)

理由

控訴人両名が、駐留軍間接雇傭労務者として、昭和二十七年四月二十九日以降在日米キヤンプ淵野辺オーデイナンス第八一八二部隊の小兵器修理工場に機械工として勤務(但し控訴人伊藤は昭和二十七年十一月上旬頃ペインターシヨツプ自動車洗工に配置換となつた。)していたが、控訴人畠中は昭和二十八年三月二日、控訴人伊藤は同月七日右キヤンプを解雇されたこと、控訴人両名が、同月九日相模原公共職業安定所に求職の申込をする一方、右解雇を不当労働行為であるとして神奈川県地方労働委員会に対し救済の申立をしたこと、被控訴人が、控訴人畠中に対し昭和二十八年三月二十三日以降同年九月二十一日までの間に失業保険金合計八万二千八百円、控訴人伊藤に対し同年三月二十三日以降同年九月十四日までの間に失業保険金合計七万四千七百円をそれぞれ支給したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一、二号証、殊にその右側欄外の記載、同第三ないし第五号証、第六号証の一、二、当審における証人高城昌作、小沢秀雄の各証言を綜合すると、右失業保険金の支給にさきだち、その担当係官高城昌作は、控訴人両名に対し、右支給は右救済申立に対する労働委員会等の命令、判定又は裁判所の判決の確定するまでの暫定的取扱いであり、右命令、判定、判決により右解雇が取消され又は無効であることが確定したときは、既に支給した右失業保険金は当然返還するよう申入れ、控訴人両名の承諾を得たことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はなく、昭和三十一年九月二十七日東京高等裁判所の判決により、控訴人両名の前記解雇が不当労働行為であつて無効であるとの理由に基き昭和二十九年五月十二日中央労働委員会のなした「控訴人等を原職同等の職に復帰させ、解雇から復職に至るまでのうくべかりし賃金相当額を支払え」との救済命令が確定したことは当事者間に争がないので、控訴人両名は、それぞれ被控訴人に対し、前記支給を受けた失業保険金を返還すべき義務があるものといわざるをえない。

控訴人両名は、右中央労働委員会のなした救済命令どおりに賃金相当額の支払を受けていないし、又原職に復帰させられてもいないから、右失業保険金の返還を拒み得ると主張するけれども、これは救済命令の履行に関する問題であり、右失業保険金返還義務の履行とは別個の問題であるから、前者を以て後者の義務履行を拒むことはできない。なお控訴人両名は相殺の主張をしないから、これ以上の判断をしない。

しかして、被控訴人が、控訴人両名に対し、納入期日を昭和三十二年十一月十二日と指定して、同年十月二十三日納入告知書を以て前記支給を受けた失業保険金の返還を請求したことは控訴人両名の認めるところである。

してみると、被控訴人が、控訴人両名に対し、それぞれ支給を受けた前記失業保険金とこれに対する昭和三十二年十一月十三日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当として認容すべきである。したがつて、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

【参考資料】

失業保険金返還請求事件

(横浜地方昭和三三年(ワ)第一一二五号昭和三四年一月一七日判決)

原告 国

被告 畠中菊次 外一名

主文

原告に対し

被告畠中菊次は金八二、八〇〇円とこれに対する昭和三二年一一月一三日以降

被告伊藤民次郎は金七四、七〇〇円とこれに対する昭和三二年一一月一三日以降

各完済まで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実及び理由

原告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、被告両名は駐留軍間接雇傭労務者として昭和二七年四月二九日以降在日米キヤンプ淵野辺オーデイナンス第八一八二部隊の小兵器修理工場に機械工として勤務(ただし、被告伊藤は昭和二七年一一月上旬頃ペインターシヨツプ自動車洗工に配置換となつた)していたが、被告畠中は昭和二八年三月二日、被告伊藤は同月七日右キヤンプを解雇され、同年三月九日被告等は相模原公共職業安定所に対し各求職の申込をする一方、右解雇が不当労働行為であるとして、神奈川県地方労働委員会に対し救済の申立を行つたので、原告は被告等に対し、右解雇が取消され、又は解雇が無効となつた場合等雇傭関係が存続することとなつたときは、速やかに失業保険金を返還する約で、被告畠中に対し昭和二八年三月二三日以降同年九月二一日までの間に失業保険金合計八二、八〇〇円を、被告伊藤に対し、同年三月二三日以降同年九月一四日までの間に失業保険金七四、七〇〇円を支給した。

二、ところが、被告等は前記不当労働行為事件につき、昭和三一年九月二七日東京高等裁判所の判決により、被告等の前記解雇は不当労働行為であつて無効であるとの理由に基づき、昭和二九年五月一二日中央労働委員会のなした「被告等を原職等の職に復帰させ、解雇から復職にいたるまでのうくべかりし賃金相当額を支払え」との救済命令が確定し、解雇時中の賃金相当額被告畠中は金八四六、〇六五円、被告伊藤は金七二〇、二〇五円)をいずれも受領した。

三、よつて、原告は被告等に対し、さきに条件付で支給した失業保険金額の返還を得ようとして、納入期日を昭和三二年一一月一二日と指定し、同年一〇月二三日納入告知書をもつて請求したが、被告等はこれに応じないので、右各金員とこれに対する年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。

被告等は合式の呼出をうけながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しないので、原告の主張事実を自白したものとみなされる。そして、この事実によれば原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治)

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